アルジェリア時代に音楽を教わった恩師でもあり、義父でもあるシェイフ・レーモンに、 歌手として大成したエンリコ・マシアスが捧げる珠玉のアルバム。 「シェイフ」というのは尊敬されるべきアラブ・アンダルース音楽の権威で、 彼はユダヤとアラブの平和共生主義者でもあった。 しかし、1961年、アルジェリアの過激派組織により暗殺された。 さて、日本ではあまりなじみがないアラブ・アンダルース音楽なので、一応簡単に説明しておこう。 昔スペイン南部のアンダルシア地方にはアラブ人の王国があり、そこでは宮廷音楽が盛んだった。主に宮廷風の恋歌とか神への賛歌とかが歌われていたという。 しかし15世紀に王国は滅亡。アラブ人やユダヤ人はキリスト教徒によりスペインを追放された。 彼らの一部は、北アフリカ(モロッコ、アルジェリア、チュニジア等)に移住し、この地で新たにその音楽を発展させた。これをアラブ・アンダルース音楽という。 その中でもアルジェリアのコンスタンティヌやチュニジアで盛んな「マールーフ」は同じアラブ・アンダルース音楽である「シャアビ」や「ハウジ」よりも伝統を忠実に残しているという。 主な楽器としては、 ・弦楽器 ウード(Oud) … 右手で抱きかかえ、長いバチを使って弾く。リュート(luth) カーヌーン(Qanoun) … 琴の類。チター(cithare) バイオリン(Violon) … ひざの間にボデーを下に下ろし弦を横引きする。 ギター(Guitare) … おなじみの弦楽器 ・管楽器 ナーイ(Ney) … タテ笛、フルート(flute) ズルナ(Zourna) … チャルメラの類。オーボエ(hautbois) ・打楽器 ダルブッカ(Darbouka) … 壺の底に革を張った片面太鼓。2本のバチで叩く。 タール(Tar) … 革を張った片面の枠胴型太鼓で、両手の指で叩く。 タンブリン(Tambourins) … おなじみの打楽器 以上のようなものがよく使われるが、ほかにもまだいろいろある。 アルジェリアから難を逃れ、フランスに移住したエンリコ・マシアスが本来やりたかった音楽は、 やはり父シルヴァンや恩師シェイフ・レーモンから伝授された このアラブ・アンダルース音楽だったと思われる。 しかし彼は家族を養うため、流行歌手の道を選び、そして成功した。 だがオランピア劇場などの大舞台に立ち、新しいヒット曲を次々に歌っても、 けっして故郷のアラブ・アンダルース音楽を忘れてはいない。 コンサートでは、時にこれらの曲を歌うことがある。 このアルバムはその集大成と言ってよい。 彼が長年保って来たその音楽を録音するというのは 万感の思いがあったことであろう。 1999年に、パリにあるアルジェリア文化センターが シェイフ・レーモンの追悼コンサートを開催することに決めた。 エンリコ・マシアスは義父レーモンの音楽を再現できるのは自分しかいないと思い、それを受けた。 エンリコ・マシアスと共演しているのはフランスを根拠地に活躍するタウフィク・ベスタンジ (Taoufik Bestandji)と彼の楽団である。 エンリコ・マシアスはもちろんお得意のギターとボーカルを受け持っている。 ただし、彼がアルジェリア時代にレーモンの楽団で担当していたのはギター演奏だけで、 歌手はやったことがなかった。 しかも、マールーフの歌詞は古いアラビア語である。 発音や間の取り方なども非常に難しい。 したがって、すべての歌詞について、 彼はタウフィク・ベスタンジから唱法を教わったという。 このアルバムは、1999年4月18日、ブールジュ(Bourges)で録音された。 音は洗練されていて、大変美しい。うっとり聞いていると、 あっという間に終わってしまう感じだ。 |
CD1
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CD2
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アラブ・アンダルース音楽には「Nouba」という言葉がよく出てくる。
この「Nouba」とは、いくつかの曲からなる総称である。
領主のために歌う順番を指した言葉だったが、やがてその音楽そのものの呼称となった。
その後ろにあるZidane、çika、Dhîl、Rahaoui等は旋法の様式である。 Noubaの構成は、 まずイントロ演奏があり、その後にistikhbârとinqlâbが続き、終曲khlaçで終わる。 istikhbârは序曲であり、3分の2くらいが演奏、その後3分の1くらいが歌である。 inqlâb(またはinqilâb)はアップテンポのリズムで詠唱されるパートということであるが、 メイン・ボーカルにバック・コーラスが加わり、だんだん盛り上がって行く。 khlaçは終曲である。これにも歌が入る。 Noubaのすべてがこの通りではないが、基本的にはこんな感じである。 CDの2枚目には、オランピアのライブなどで歌ったことがあるおなじみの 「ヤー・ベラレ」(2tr)や「クン・タラ」(5tr)が収録されていて、聞くと、なぜかホッとする。 しかもこの「クン・タラ」はこのCDの最後に、 アルジェリア出身のライ歌手シェブ・マミとのデュエット版も収録されている。 ライとは、オラン地方起源のポップ音楽ということであるが、 シェブ・マミのハイ・テノール歌唱はすばらしいの一語に尽きる。 なお、アルジェリアの音楽やアラブ・アンダルース音楽について、 さらに詳しく知りたい人は、日本語解説もついている次のようなCDがお勧めである。 (私の所持CDから) |
アルジェリア音楽集大成 2006 ライス・レコード HMR-4007 |
マグレブ音楽紀行 第1集〜 アラブ・アンダルース音楽歴史物語 2008.03.02 ライス・レコード ARSR-4302 |
シェイフ・エル=アフリート ユダヤ・アラブ音楽の至宝 第3集 2008 ライス・レコード BDR-775 |