明治以降の日本はその伝統音楽を民謡という小さなジャンルに押し込め、
貪欲なほどまでに世界各地の音楽を取り入れて来ました。
クラシックは言うに及ばず、ヨーロッパ各国の民謡や流行歌、
またアメリカ発祥のジャズやウエスタン、そして南米のラテン音楽等々。
しかし、よくよく考えると、すべて欧米に偏っています。
現在の日本の音楽は一部の例外を除き、
ほとんど西洋音楽と言っても過言ではないでしょう。 しかしその反面、エンリコ・マシアスの生まれ育った北アフリカから中近東にわたる 広大な地域のオリエンタル音楽などはほとんど無視して来ました。 これらの地域はほとんどイスラム教圏に重なります。 そこで日本ではその地域の音楽は遠い世界のものと考えていたためかも知れません。 さて、ここで「オリエンタル音楽」という呼称を勝手に使いましたが、 それには訳があります。 「オリエンタル(東洋)」とは「オクシデンタル(西洋)」の対語として、 本来はせいぜい西アジア(中近東)を指す言葉でしたが、 日本で「東洋」というと、アジア全体の意味で使われる場合が多いので、 誤解のないように、あえて「オリエンタル」のまま使うことにしたわけです。 オリエンタル音楽には、アラブ、イラン、トルコ、イスラエルなどの音楽が含まれ、 また北アフリカの音楽もその影響下にあります。 また、スペインのフラメンコも広い意味でこのオリエンタル音楽に入ります。 フラメンコは日本でも相当人気があります。 この音楽はもともとスペインのアンダルシア地方が起源で、 この地に住んでいたジプシーたちが代々継承して来た生活に密着した音楽です。 もともとギターは歌や踊りの伴奏楽器だったのですが、 19世紀には独奏のスタイルも確立し、著名なギタリストの出現により、 インターナショナルな芸術になりました。 エンリコ・マシアスはフランスの歌手ですから当然シャンソンを歌います。 一方で、故郷アルジェリアで培ったアラブ音楽やフラメンコなど、オリエンタル音楽の 要素も自分の歌に取り入れています。それがマシアスの個性として、 ほかの歌手にはない独特の魅力を持たせているのです。 また、彼はユダヤ人の家系であることも忘れてはなりません。 日本人の多くはエンリコ・マシアスを単なるシャンソン歌手の一人くらいに思っているかも知れませんが、 彼の歌にはもっと広がりと深みがあります。 彼のアイデンティティは最低でもフランス、スペイン、アルジェリア、イスラエルと 地中海をぐるりと回る世界です。 伝統的なシャンソンにオリエンタル音楽をみごとに調和させて歌う エンリコ・マシアスは「地中海音楽の歌手」と呼ぶのが一番妥当な結論なのではないでしょうか。 |