地中海の詩情「ソレンツァラ」
〜コルシカ歌謡から世界のスタンダード曲へ〜

「想い出のソレンツァラ」は、1960年代にエンリコ・マシアスが歌い、フランスばかりでなく世界的にも流行した名曲です。ゆったりとしたボレロのリズムの曲調は、そこに何ともいえない郷愁のようなものが感じられ、実に美しいメロディーです。ところで日本では「想い出のソレンツァラ」という曲名になっていますが、オリジナルの曲名は単に「ソレンツァラ(Solenzara)」なので、ここではその曲名を使用することにします。この名前は地中海に浮かぶコルシカ島の東南にある港町のことです。

1966年にエンリコ・マシアスがパテ・マルコニ(Pathé Marconi)から出したレコードには、 「ソレンツァラ」の 作曲者として、D.Marfisi、C.Darbal、B.Bacara、 作詞者として、D.Marfisi、E.Macias の名前が書かれていますが、ここではこのクレジットを元に、この歌を作った人々の簡単な紹介とエンリコ・マシアスの歌の原形となったオリジナルの歌詞を中心にその軌跡をたどっていくことにします。ただし相当以前のことなので、全体的に資料が乏しく、ある程度推測判断も加えたことをお断りしておきます。

■ドミニク・マルフィジのコルシカ語版

「ソレンツァラ」の原作詞者はドミニク・マルフィジ(Dominique Marfisi)です。エンリコ・マシアスは後にこの歌をフランス語に翻訳して歌いました。この原作詞者についての情報が少しですがネットにありましたので、簡単に紹介することにします。
ドミニク・マルフィジは、1902年にコルシカ島北部のオレッタ(Oletta)で生まれました。弁舌に長けた人で、詩人であり、作家であり、作詞作曲家でもあったということです。彼は18歳で生まれ故郷のコルシカを離れ、フランス本土で5年の兵役と31年の森林警備員の仕事をしました。創作活動は50歳を過ぎてからのようです。多数のコメディを書き、1965年には「カモシカ(Le Chamois)」で、ニース市の第26回「詩グランプリ」の準優勝に輝きました。また愛する郷土の言葉であるコルシカ語の歌を多数発表しています。「ソレンツァラ」もそのうちの一つです。

「ソレンツァラ」の歌詞はドミニク・マルフィジが一人で書きましたが、曲のほうは女性作曲家のカトリーヌ・ダルバル(Catherine Darbal)と協力して作りました。彼女については、情報がほとんどなく、よくわかりませんが、本名はガブリエル・バルダッサーリ (Gabrielle Baldassari)ということだけはわかりました。1962年のことです。

さて、この「ソレンツァラ」を実際に歌い、レコードに吹き込んだのが当時コルシカで人気のあったレジーナとブルーノ(Régina et Bruno)という二人組でした。彼らについてもネットにわずかながら情報があります。ブルーノはブルーノ・バカラ(Bruno Bacara)のことで、本名はフィリップ・オリヴィエリ(Philippe Olivieri)、1929年にサンタ・リパラータ・ディ・バラーニャ(Santa Riparata di Balagna)で生まれました。彼はギタリストですが、作詞作曲も行います。「ソレンツァラ」の作曲者の一人にも名を連ねていますが、おそらくアレンジ程度の貢献ではなかったかと推測します。レジーナのほうは1931年にフラッセトゥ(Frassetu)で生まれ、本名はピエレット・メリクッチ(Pierrette Melicucci)といい、歌手です。彼らは夫婦でもあり、1952年にコルシカのローカル歌謡を歌う「レジーナとブルーノ」を結成し、1950年代から1960年代にかけて活躍しました。1957年にはディスク大賞を受けています。また長年の文化的功績が認められ、数々の勲章、なかでもフランスで栄誉あるレジオン・ドヌール勲章も受けています。



Solenzara - Régina et Bruno

さて、そのドミニク・マルフィジのオリジナル版の歌詞を見てみます。
エンリコ・マシアスの歌詞は男女の愛をソレンツァラを介して、ロマンチックに描いたものですが、 ドミニク・マルフィジの歌詞は漁港ソレンツァラそのものを描いています。 港や船、そして魚や漁といった漁港の光景が目の前に浮かんで来るようです。
なお、コルシカ語の拙訳は私の浅学のため、一部解釈違いがあるかも知れません。
コルシカ語歌詞 日本語訳
Quandu pens'a Solenzara
Ch'aghju lasciatu quallà
Una nostalgi' amara
Cum'un sonu di ghitarra
U core face trimà

Rivegu li pescadori
Riturnendu di piscà
C'è centu mila culori
Da fà scimi li pittori
Chi nun li ponu fissà

*Refrain
A Solenzara
O! Chi dolce felicità
A Solenzara
Più bè nun si po sta

E l'alba misteriosa
Quand'ella si dev'alzà
Tantu bell'e luminosa
Chi mi pare una sposa
Tuttu face luccicà

E la stella matuttina
Sempre mi vol'aspettà
Quand'à mio vela latina
Cum'un'acula marina
Nantu mare si ne và

(au Refrain)

Una barca nant'arena
Chi nun po piu naviguà
M'ha cunfidat'a so pena
D'un pudé romp'a catena
Per anda in altru mar'

Ma quandu soffi'a timpesta
Pront'a tuttu sprunfudà
Per a vecchja barc'é festa
E finita la so siesta
Li pare di naviguà

(au Refrain)
はるか彼方に残して来た
ソレンツァラを思うとき
辛い郷愁が
ギターの響きのように
心を揺さぶる

漁師たちが漁から
戻って来る
おびただしい色とりどりの魚を
画家たちは描くことができず
気が狂いそう

※繰り返し
ソレンツァラで
おお、なんと甘い幸せ
ソレンツァラで
これ以上のものはない

そして神秘的な夜明けは
日の出のとき
あまりに美しく光に満ち溢れ
まるですべてが輝いている
花嫁のようにも見える

そして朝の星が
いつも私を待っていてくれる
私の船の三角帆が
海鷲のように
海上を去って行くときに

(繰り返し)

砂浜に乗り上げた小船は
もう進むことができない
だがほかの海に出るために
力まかせに鎖をちぎってと
その切ない気持ちで頼むのだ

しかし嵐に見舞われれば
すべて沈んでしまうことになる
古い小船にとってそれは祭典
休憩は終わった
船は出たようだ

(繰り返し)
※コルシカ語歌詞はこちらの歌詞サイトに公開されているテキストを引用し、一部編集しました。

ドミニク・マルフィジがこの歌詞を書いたのは、なんと60歳のときです。 彼の頭の中には18歳まで過ごした少年時代のコルシカがそのまま絵になって、 残っていたんでしょうね。 だからここには愛とか恋とかは一切出てきません。 漁港ソレンツァラの在りし日の姿が古いアルバムをめくるように思い出されているだけです。 しかし夜明けの美しさを光輝く花嫁にたとえている所などはすばらしい感性ですね。

■エンリコ・マシアスのフランス語版

レジーナとブルーノがコルシカでこの「ソレンツァラ」を歌い始めたころ、 エンリコ・マシアスはパリで本格的な歌手の道を歩き始めていたときでした。 1963年にはフランス各地を回り、コルシカ島も訪れています。 この島には彼と同じ境遇のピエ・ノワール(帰還者)が多く、 公演には4000人が駆けつけたといいます。 おそらくこの頃にレジーナとブルーノの歌う「ソレンツァラ」を知ったのではないでしょうか。 エンリコ・マシアスはパリの出版社にコネクションをつけ、 この「ソレンツァラ」にフランス語の歌詞をつけて出版し、自らも歌うことに決めました。 ただし、しばらく間があり、1966年にレコードは発売され、 大ヒットとなりました。 フランクプゥルセル楽団などがこの曲を演奏するようにもなり、こうしてコルシカのローカル歌謡は インターナショナルなスタンダード曲として、定着することになったのです。

エンリコ・マシアスのフランス語版はこちらをご覧ください。
エンリコ・マシアス 想い出のソレンツァラ

■日本語版について

日本では水野汀子氏がこの歌の訳詞を発表されています。 比較研究のため、その歌詞を無許諾で掲載しますが、 同氏または著作権の管理者から連絡があった場合は即刻削除しますので、 あらかじめご承知おきください。 実は水野汀子氏は2つのバージョンを書かれています。 わかりやすく第1版、第2版としましたが、 第1版のほうはドミニク・マルフィジの歌詞をベースに、 第2版のほうはエンリコ・マシアスの歌詞をベースに作られたのではないかと拝察します。
第1版 第2版
恋しいソレンツァラ 港の船よ
いつまでも私の心を とらえて離さない
なつかしいあの灯が まぶたにのこる
海の彼方のはるか沖から あの人は帰る
ああ ソレンツァラ 光にかがやく
ああ ソレンツァラ 恋の港

夜明けのひかりに 港が浮かぶ
星の影消え船は出て行く はるかな沖に
白い砂浜に のこる小舟は
波にゆられて いつかしらずに流れてゆく
ああ ソレンツァラ 光にかがやく
ああ ソレンツァラ 恋の港

今も恋し
私のソレンツァーラ 夜の浜辺に
甘く聞こえる あのなつかしい 想い出のギター
はじめてあなたと 夜の浜辺で
踊ったときに 私の胸は 恋にふるえた
ああ ソレンツァーラ 光に輝く
ああ ソレンツァーラ 恋の浜辺

恋しいソレンツァーラ 今も聞こえる
あなたを知った 夜の浜辺の なつかしい歌
あの夜二人に 恋がめばえて
かわらぬ誓いを 砂にきざんだ 想い出の夜
ああ ソレンツァーラ 光に輝く
ああ ソレンツァーラ 恋の浜辺

かわらぬ愛
越路吹雪「想い出のソレンツァラ」より
(東芝レコード TP-1360)
岸洋子「想い出のソレンツァーラ」より
(キングレコード BS-7152)

(作成:2013年06月01日)