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ふきさん早安

No.4063 投稿者:teco  投稿日:2018年05月07日(月) 04時58分47秒

ふきさんは台北ですか。神出鬼没ですねえ(笑)

台湾からの友人が土曜日に帰国し、とても楽しかったと喜んでいました。
金門島にはしばらく行っていないので、行ってみたいですが、今月末の訪台では行く時間はなさそうです。みやげ話を楽しみにしています。
どうぞ楽しんできてください。

葛さん、おはようございます。
2日から5日まで台北の友人が初来日していました。
友人は道教の高位の道士で、お弟子さんの関係者から除霊、浄霊を依頼されての来日でした。
短い間に東京と京都の2か所で聖務をこなし、私もつきあって一緒に旅行しました。
FBで知り合った友人で実際に会ったのは今回初めてなのですが、十年来の友人同士のように過ごしました。三重に住んでいるそうで、月末に訪問する予定です。お時間があれば葛さんともお会いしたいと思っております。




旅を楽しんで下さい。

No.4062 投稿者:葛(新平市)  URL  投稿日:2018年05月07日(月) 02時11分13秒

ふきさん、おはようございます・
思い立ったら吉日。ふきさんの旅心を掻きたてるように台北に行かれた行動は羨ましいです。

セリフ入りの中山北路行七擺は何曲かあります。URLに掲示以外4曲ほどとうこうしておきます。
旅を満喫して下さい。今回はお会いできなくて残念ですがまたの機会を楽しみにしています。

※林英美 --- 悲戀恨 台灣拉吉歐 -- 飛虎 : 製播
https://www.youtube.com/watch?v=UoDnzy5dC8g

※郭庭筠
https://www.youtube.com/watch?v=SvsEb_t3PRE

※清香
https://www.youtube.com/watch?v=03-BBAl6-rM

※方宥心
https://www.youtube.com/watch?v=keZBdX9kEdU
明日の午後は金門島へ行かれるのですね。金門島に行ける時代が来るとは思いませんでした。以前福建省の福州市東大里梅里に行った時反対側から金門島を見た事がありましたが、機会があれば自分も行きたいです。また様子をお聞かせ下さい。

中山北路行七擺

No.4061 投稿者:ふき  投稿日:2018年05月06日(日) 23時10分52秒

葛さん、みなさん、こんばんは。
この歌は軽快で、わくわくしそうな、私の大好きなカラオケの定番曲です。たしかセリフもあったように思いますが、セリフを歌う歌手はあまりいませんね。
実は、今日の夕方台湾にやってまいりました。いつものように桃園空港からはバスで台北市内に入り、ホテルに荷物を置いて、その足で、新北投に行きました。公園の横を流れる小川に沿って、熱海大飯店の下を通り、水都の美代温泉ホテルのところでターン。公園の反対側の通りを歩いて、捷運の駅に戻った次第です。散歩というにはセカセカ過ぎて、散歩にはなりませんが、それもそのはず、もう夕方6時過ぎは薄暗く、台北車站に戻ったころにはもう真っ暗という有様でした。そのあとは以前、葛さんに教えていただいた艋舺夜市に夕食に出かけました。今日は日曜日のせいかどうかは知りませんが、いろいろな自動車の山車が出て、賑やかでした。山車の上では、太鼓をたたいたり、楽器を演奏したり、また山車の後ろには子供たちがユニフォームを着て、ダンスをしながら、歩いていることもありました。近くの広場では原住民の若者の歌などもやっていたので、何かのお祭りだったのかも知れません。とにかく賑やかでしたね。
私は過去には華西街の観光夜市しか見たことはないのですが、今日はメインの広州街夜市ほか、西昌街夜市、梧州街夜市のような脇道の夜市もしっかりと見て、帰りは青山宮に寄って、帰りました。葛さんやたんげさんから学んだことを実践しただけですが、結構楽しかったです。
さて、明日の月曜日の午前中は、日本でやり残した仕事の残りを片付け、午後、松山空港から金門島へ飛びます。金門は2、3日滞在し、そのあと台中に行きます。そのあとはまだ未定ですが、どうも南周りになりそうです。
今日は、少しバテたので、そろそろ寝ることにします。

中山北路散策

No.4060 投稿者:葛(新平市)  URL  投稿日:2018年05月05日(土) 20時01分36秒

ふきさん、tecoさん、みなさん、こんばんは。
台北にいても余り中山北路近辺を散策する事がありません。何時も通過するだけでの事ですので知識はありません。日本統治時代の写真を見た事はあります。中山北路は台北市を南北に走る幹線道路で、忠孝路との交点を台北駅から南東にあたる行政院前の角を始点とし士林方面へ向かう道路と云う云うことはみなさんご存じの事と思います。逆に交点から南へ向かう街路は中山南路といいます。この南北併せた中山路と交わる台北市内の道路はすべてここを基準に東西路に分かれているわけです。忠孝路は中山路の東側へ伸びるものを忠孝東路、西側は忠孝西路で、それぞれ中山路から離れるごとに忠孝東路一段、二段、三段と段数が増えていく事になるわけです。民生西路へ向かうと「台北文昌宮」があります。文昌帝君. 道教. 学問、受験の神. 梓潼帝君ともいいますが、日本の天神様にあたる学問の神様です。太宰府天満宮には 学問の神として知られる菅原道真公を祀られているのですが、ここは道教の神様、文昌帝君を祭っているのです。文昌帝君を祭っているのは台北ではここだけで、受験シーズンには合格祈願に訪れる人があとを絶たないとの事です。台湾でも神頼みというわけです。文昌宮の前の道は雙連朝市が立つ場所で、朝から生鮮食品の屋台が並び賑わう場所です。合格を祈願するような寺院でした。住所は台北市民生西路45巷9號、地下鉄淡水信義線(雙連)駅2番出口から徒歩2分ほどです。

次は台湾で唯一という紙の博物館。以前tecoさんが
紙の店を開業したいといわれていました。
※樹火紀念紙博物館※
伝統的な紙の手漉き作業を行う工房をはじめとして
台湾独特の紙を紹介するコーナーや、紙漉き体験など、小規模ですが内容の濃い展示と、体験コーナーが人気を集めているようです。見学は要予約。日本語の解説書もあります。住所は台北市中山區長安東路二段68號、地下鉄松山新店線中和新蘆線(松江南京)駅4番出口から徒歩5分くらい。地下鉄板南線(忠孝新生)駅4番出口から徒歩10分かかり少し離れています。会館は9時30分〜16時30分、1階の売店は17時までで入場料(有料)大人:100NTドル、シニア:90NTドル

次は「台北故事館」茶の貿易商が1914年に建築したチューダー様式の洋館。現在は博物館兼イベントスペースとして利用されている。館内では3〜4カ月単位で企画展などが開催されています。ギフトショップがあり、オリジナルの雑貨なども揃っています。住所は 台北市中山區中山北路三段181-1號(台北市立美術館)下車。入場料は大人:50NTドル 6歳以下、身体障害者と付添い、65歳以上無料

※今夜のURL紹介曲は「中山北路行七擺」江
散策する時間が短く、まだ多くのところがあると思います。みなさんも機会を見て新たなスポットを探してみてください。

さすがは台湾

No.4059 投稿者:ふき  投稿日:2018年05月04日(金) 22時19分43秒

葛さん、梧棲さん、みなさん、こんばんは。
台湾のミニスカポリスとは、南国らしいおおらかな話で、いいですね。日本のテレビでは今盛んにセクハラの話題で沸騰しています。週刊文春や週刊新潮もそんな記事ばかりです。こういうのは、昔は、フライデーなんかが専門で、文春や新潮というと、もう少し「格調」が高かったような気もしますが、いまや三流週刊誌レベルで、嘆かわしいです。セクハラの定義は難しく、個人の感覚によっても、変わりますが、なにか政権にダメージを与えてやろうと、閣僚や官僚の行動ばかり付け回しているような感じもします。こうなると、私は逆に興ざめしてしまいます。

梧棲さんは年に1回の帰郷ですか。いいですね。生まれ故郷の言葉は懐かしいものです。私は福島県の生まれなんですが、小学校1年生の時に上京したので、故郷の言葉はほとんど忘れました。一昨年に半世紀ぶりで親戚の家を訪ねましたが、もう世代交代がすすみ、年寄りがいないので、彼らが家で話す言葉は完全に標準語そのもので、私は方言を期待していたので、少しがっかりしました。これは全国的な傾向かも知れません。あと50年もすれば、方言は壊滅するのでしょうか。ただ、テレビで関西芸人が唯一活躍しているので、関西弁は残るかも知れませんが、あとは危ないです。地方を旅行して、ローカルな特色がなくなるというのは寂しいですね。
「便當」を台湾の年配の方は「ベントン」と言い、若い人は「ベンタン」と言います。中年の人はどちらもOKなので、段々「ベンタン」派が多くなってきそうです。私も台湾の鉄路便當は大好きで、台湾旅行の楽しみの一つです。

年に1回の帰郷

No.4058 投稿者:梧棲  Mail  投稿日:2018年05月04日(金) 11時41分05秒

ふきさん、皆さん こんにちは。
 私は引退後は毎年4月の第三週か第四週の金、土、日に故郷の福岡に帰っています。
就職のため神奈川県にやって来て以来52年間周囲の人と福岡の言葉で話す機会がない私には帰郷して福岡の言葉が周囲から聞こえて来ると心地よく、福岡のうどん、ラーメン、チャンポン、皿うどんが食べられるのも嬉しいです。
毎回土曜日の夜は台湾出身の若者達と食事をしてカラオケを楽しんでいますが、今回は福岡の職場の同僚の中国北部出身の女性を連れてきていました。
私は主に台湾語の歌を歌いましたが、【命運青紅燈】、【難忘的愛人】、【媽媽請?也保重】と3曲続けて「目屎」という歌詞が出て来て、台湾語の歌を初めて見聞きした中国女性は「涙」のことを「目屎」と表現するのだと少し驚きながら納得していました。
また私が「愛人をai3-jin5」と発音したら日本語の漢字読音と似ていると言っていました。台湾人姉妹は私達は「ai3-lin5」と発音するが、どちらでも通じると中国女性に解説していました。
私は北京語の歌は【酒醉的探戈】と【花心】を選曲したら、酒醉的探戈は台湾人姉妹が両親がよく歌っていたので自分達も憶えたと一緒に歌い、花心は中国女性も歌えると一緒に歌ってくれました。
 中国女性は私に台湾ではどんな料理が好きかと訊くので、友人達と会食する晩御飯は海鮮料理を分け合って食べるが、一人で食べる昼食は「魯肉飯+魯蛋+貢丸湯」、「切仔麺+魯蛋+貢丸」あるいは「鐵路排骨便當」を食べていると答えました。
彼女は魯肉飯、貢丸は見たこともないのでイメージが湧かないそうです。
便當という表現も初めて見聞すると答えました。日本統治時代に日本の弁当の習慣が台湾にも定着し、駅弁の習慣も定着している。北京語を日常話す人が皆無に近かった時代に日本語の「べんとー」に近い発音の台湾語「便當:ベントン」を当てた。大抵日本人は台湾語の発音を聞けば弁当のことだと分かる。
戦後北京語が公用語の時代になって現在では便當を北京語読みする者も少なくないが北京語発音だと日本人が聞いても弁当のことだとは分からないと説明しました。
【田庄兄哥】という台湾語の歌では台南駅に着いたら「便當 壽司 ベントン、スシ」という売り声が歌詞になっているので、この歌を探しましたが残念ながらこの曲は日本のカラオケにありませんでした。

 福岡に帰る度に鉄道の運賃が東京、首都圏より高いと感じます。
福岡地下鉄は空港から2駅4分で博多駅、5駅10分で中心街の天神に着く便利な乗り物ですが、去年より10円上がって260円でした。去年までは1駅区間は100円とリーズナブルでしたが今年は一挙に200円に値上がりしていました。東京メトロの丸ノ内線・日比谷線乗り継ぎで東京駅〜六本木の5駅区間が190円と比べるとかなり高いです。
また中距離の私鉄運賃も
西鉄  69.6〜70.8kmの運賃:970円
 小田急 71.8kmの運賃:780円
 西武  70.2kmの運賃:700円  
と関東の私鉄より九州の私鉄の方が高いです。
 JR九州の61〜70kmの運賃:1290円、JR本州3社の61〜70kmの運賃は1140円でJRは私鉄よりも運賃が高く、JR同士の比較では九州の方が本州よりも高くなっています。

台湾のミニスカポリス

No.4057 投稿者:葛(新平市)  投稿日:2018年05月03日(木) 01時23分45秒

ふきさん、tecoさん、たんげさん、こんばんは。
tecoさんのマンドリンにたいする情熱が垣間見ることができました。一つの事を成し遂げる事の重大さを感じています。私などは何時も中途半端で終わるので何も身についていません。

さてオ−トバイの能書きなどを長々と書きましたがラストは台湾と日本の白バイについて書きます。
台湾警察の白バイ(摩托车)はホンダ製の白バイとハーレ−、それに白バイもスクーターがありました。200ccの台湾の道路に適した車種です。日本的に言うと「 白バイ」と云いますが台湾での名称は分かりません。日本では白バイが追跡するとき、赤色灯が回転しているのは見かけますが、台湾警察のものは青色LEDビーコンライトです。カッコ良かったので、ご紹介しました。日本の白バイはみなさんよく見かけると思いますので省きます。
交通取り締まりで違反者と向き合っている、女性警察官の服装に一瞬目が点になりました。日本ではセクハラだと痛烈に批判されることは必定。自分は鼻の下を長〜くして見とれていました。これが本当の「ミニスカポリス」違反者が文句を云う者は誰もいないでしょう。顰蹙をかうかもしれませんが見ていました。その他に数台水平対向2気筒エンジン(ボクサーエンジン)というBMW S1000Rポリススペシャルを2台見ましたが台湾市警の事も見ることができて
最強のコレクタ−の黄さんには感謝の気持ちです。 

マンドリン談義

No.4056 投稿者:ふき  投稿日:2018年05月02日(水) 21時03分21秒

tecoさん、たんげさん、葛さん、こんばんは。
マンドリンの話で盛り上がっていますね。私はマンドリンにはほとんど知識がないので、みなさんのお話は参考になります。
今日、tecoさんはお忙しいのにもかかわらず、マンドリンとの出会いから、現在までのマンドリンとのかかわりをお話いただきました。動機が不純というのは私も含めて、青春時代はみんなやっています。「そういえば、あんな女の子もいたなあ」と思い出すと、いろいろ懐かしくなります(笑)。
たんげさんのYouTube紹介で、マンドリンに加えて、柳琴や月琴など、中国の楽器もいろいろあるなと実感しました。日本の古代の弦楽器は弦に絹糸を使うなど、中国の弦楽器の影響を大きく受けています。私は歴史が好きなので、実際に弾くことよりも、東洋の楽器の歴史をもう少し勉強しなければならないと思いました。

tecoさんとマンドリン

No.4055 投稿者:葛(新平市)  URL  投稿日:2018年05月02日(水) 18時39分29秒

tecoさん,ふきさん、たんげさん、こんばんは。

tecoさんとマンドリンの関わりの深さが分かりました。会社経営者とマンドリン製作者と云う事は凄い事ですね。ふきさんのマンドリン表記の説明も難しいです。(Mandolino)(Mandola Tenore) (Mandoloncello)と英語表示で書いてあるので余計分からないです。歴史を見ても奥が深いですが、素直に素晴らしいと感じて聴くことが一番です。
台湾や日本の大学マンドリンンクラブは有名だと店員さんが話してくれました。明治大学演奏の「丘を越えて」は聴いたことがあります。しかし前奏がすごく長いのが有名ですね。現在日本は発祥地のイタリアを越えて、世界随一の愛好者が多い国だと樂器店の店員さんは云います。許文龍氏は台湾の実業家で奇美実業の創設者であり、ヴァイオリンの愛好家でもあると同時に奇美マンドリン楽団の創立者とも伺いました。武藤理恵さん、青山忠さん吉田剛士さんはお仲間ですか?これからも両立して活躍して下さい。今夜のURLはポルトガルギターの湯浅隆さんとマンドリンの、吉田剛士さんで「花の葬列」です。(吉田剛士作曲)、

柳琴

No.4054 投稿者:たんげ  投稿日:2018年05月02日(水) 14時40分48秒

ふきさん、葛さん、tecoさん、みなさん、こんにちは。
「陳雅慧」で検索してみるとまず
春到沂河/陳雅慧(柳琴)、マンドリン合奏
https://www.youtube.com/watch?v=7f-v4f2uuDg
柳琴を演奏している動画が見つかります。で、他に2人ほど柳琴を演奏している人がいるなあと・・・
HD 王惠然 《春到沂河》 柳琴協奏 LiuQin Concerto 邱于珊
https://www.youtube.com/watch?v=TTA1tsUrCWI
查爾達斯( Vittorio Monti: Czardas )/陳子涵(柳琴)Liuqin solo : Chen Zi Han
https://www.youtube.com/watch?v=Cox8GltM5Xs
ええと、違いました。陳雅慧と陳子涵は同じ人ですね。

あと
Astor Piazzolla《Oblivion & Libertango》《遺忘&自由探戈》/ Liuqin陳子涵 Chen Zi Han & Guitar董運昌Yunchang Dong
https://www.youtube.com/watch?v=7f-v4f2uuDg
の動画で、円形の弦楽器が。いろいろな弦楽器があるものですね。

私のマンドリンの歴史

No.4053 投稿者:teco  投稿日:2018年05月02日(水) 08時20分04秒

ふきさん、葛さん、みなさん、おはようございます。

今日は台湾のFBの友人で私が尊敬する道教の導師である葉真辰さんが来日しますので、もう少ししたら羽田空港に迎えに出ます。

さて、私とマンドリンとの出会いについて少しお話しします。

私はませていまして、中学時代に好きだった女の子が浦和第一女子高校に入り、マンドリンクラブに所属したと聞いて、よし、自分もマンドリンを習っていつかは彼女と一緒に演奏しよう、などと思ったのがきっかけです。動機が不純ですねえ(笑)
叔父が古いマンドリンを持っていたのでねだってもらい受け、オデルの教則本を買ってきて独学で勉強し、どうにか練習曲のいくつかを弾けるようになりました。
2年かかりましたが、高校2年の時に中学時代のクラス会があり、彼女に声をかけたところ快くOKをもらいクラス会当日にデュエットしました。
いまでも忘れはしません。古賀政男の青春日記と丘を越えての二曲を完奏しました。
みんな驚いていて、お前の学校にマンドリンクラブがあったか?とか、なんでマンドリンを始めたんだ?などと大騒ぎになり、楽しかったです。
その後彼女とは一度も会わずに数十年経ちましたが、十年ほど前にmixiで偶然出会い、いまは家族ぐるみで付き合っています。フェースブックの友だちの安藤真紀子さんです。

アメリカに留学し、陰謀にはめられてベトナムに送られ、死ぬか生きるかの2年間を過ごして帰国すると、周囲から白い目で見られ、精神的にまいってしまい一時日本に帰国しました。
その時にもう一度マンドリンをやってみようと思い、本格的に勉強しようと渋谷のカルチャーセンターに通いました。
そこで出会ったのがマンドリン作家の石川捷二郎さんで、以来2年近く弟子ともつかぬ、押しかけ下働きをさせてもらってマンドリン製作の手ほどきを受けました。
精神状態がよくなって再びアメリカで勉強するようになりましたが、シカゴから移った先のボストンはブルーグラスの本場で、私は居心地の良い場所でした。
アーミッシュシュ出身の友達ができ、ブルーグラスのバンドに加えてもらって現地でフラットマンドリンを2本完成させました。

昭和46年に帰国し、会社勤めの傍らマンドリン工房のまねごとをはじめ、石川先生の紹介で先生の作ったマンドリンの修理を始めました。

こんな経歴で今に至っていますが、マンドリンは私の人生の一部というか、ほぼ全部に近いくらいなのです。

ではでは、これから出かけますので。

Re:マンドリンの歴史

No.4052 投稿者:ふき  投稿日:2018年05月01日(火) 23時32分09秒

葛さん、tecoさん、みなさん、こんばんは。
ギターといえば、スペインの民族楽器ですが、マンドリンといえば、イタリアの民族楽器ですね。あのクリアな音色はイタリアの青空のようです。
そて、そのマンドリン(mandolin)は英語表記です。フランス語のマンドリーヌ(mandoline)を取り入れたのでしょう。さらにこの言葉は楽器の発祥の地のイタリア語マンドリーノ(mandolino)に由来します。さらにこのマンドリーノは兄貴分のマンドーラを小型にしたものです。
さて、マンドリーノにしろ、マンドーラにしろ、どこから来たのでしょうか。実はよくわかっていません。
イタリア語のマンドーラ(mandola)はラテン語のパンドゥーラ(pandura)に遡るとみられています。これは3弦を使用した弦楽器で、ギリシャ語でもパンドゥーラ(πανδουρα)と言うのだそうですが、語源はここまでです。
ローマ帝国時代の西アジアのどこかの弦楽器につながるとは思いますが、そういう名称の楽器はありません。距離的にはペルシャのサーズが近そうですが、確証はありません。

マンドリンの歴史

No.4051 投稿者:葛(新平市)  投稿日:2018年05月01日(火) 14時23分34秒

tecoさん、ふきさん、みなさん、こんにちは。
マンドリンの歴史は古いんですね。私の大好きなカントり−ソングにも、フラットマンドリン、ブル−グラスやカントリージャズまたまたフィドルやバンジョ−と一緒に演奏されることが多い楽器だと思っていましたが歴史は古いのですね。
tecoさんはマンドリンを製作されることを知り、何時もは気軽に台湾の事や音楽について投稿していましたが、マンドリンに関わる人達との結びつきが広い事に驚いています。
陳雅慧さんのことは認識できました。吉田剛士さんや青山忠さん、武藤理恵さんと云う名前が飛び出してきましたが、、武藤理恵さんという女性は少し体格のいい金髪ぽい人でしょうか?何処かで見た記憶があるような気がしますが、人違いかもしれません。トレモロ奏法の難しい樂器ですが、音色を聴いていると力強くも甘い音色が心にしみます。
また台南市立文化センターで、奇美マンドリン楽団のコンサ−トがあるかも知れませんが、機会を見て行ってみたいですね。高石ともやがマンドリン奏者とは知りませんでした。フォ−クソングを歌う人ですよね?奥の深いマンドリンの事勉強します。

続・陳雅慧さんのこと

No.4050 投稿者:teco  投稿日:2018年05月01日(火) 01時38分49秒

葛さん

台南マンドリンクラブ(前の投稿で文字を間違いました)はその前進が奇美マンドリンクラブで、奇美の会長が支援して結成されました。
その後王永慶氏の遺産の一部が寄贈され台北マンドリン楽団として活動されています。
彼女は2006年ころから活動されていたそうですが、大きなコンサートはあまり出演されていなかったみたいで私は2014年以前の彼女のことはよく知りません。
手元の文献を調べてみたら2014年7月に日本(東京)でミニコンサートをやっていたようです。
今年も台北と台南でコンサートを計画されているようです。ぜひ一度ご覧になってください。

陳雅慧さんのこと

No.4049 投稿者:teco  投稿日:2018年05月01日(火) 01時13分41秒

葛さんこんばんは。

陳さんはもともと柳琴という小型の琵琶(イランのライラが中国に入って進化したと考えられる)の奏者で、台湾プラスチックの王永慶氏が支援して設立された台湾マンドリンクラブの唯一のプロマンドリン奏者です。
私は2014年に友人である桝川千明さんのジョイントコンサートを観に台北(中正記念堂)に行ったときにお会いしました。(第3回台湾マンドリンフェスティバル)
とても美しい人で、優雅な弾き方の中にも力強さが秘められていて素晴らしい演奏でした。
演奏会のあと、福華大飯店で催された晩さん会に招待され話をする機会がありました。
日本で演奏したいと言うので同行した青山さんや武藤さんたちと相談し、なんとか演奏会をしようじゃないかということになりました。
帰国後、「奏でるマンドリン」の監修者である吉田(剛士)さんや同じく世界的なマンドリン奏者の高田さんらと相談し、2015年に京都で陳さんの演奏会を開催しました。
いま、台湾のマンドリン人口はかなり多くなってきましたがプロの奏者は彼女只一人で、台湾マンドリンクラブをけん引しています。

ついでに申し上げると、私が作ったマンドリンを使ってくださっているプロ奏者は現在5人います。陳さんも2016年から私の製作したものをサブとして使ってくれています(^^♪

マンドリン奏者陳雅慧

No.4048 投稿者:葛(新平市)  投稿日:2018年04月30日(月) 23時58分35秒

tecoさん,
こんばんは。私が派遣されているホテルの従業員に
台北マンドリンクラブの団員の方がいます。tecoさんのマンドリンの話を伺い休憩中にマンドリンの話題が出ました。年に何回かは定期演奏会が開催されるそうです。その時に「陳雅慧」さんのお名前が出ました。私には分かりませんがtecoさんに伺えばまた
話題を継続できるかなと思い投稿しました。

最強のコレクタ−2

No.4047 投稿者:葛(新平市)  投稿日:2018年04月30日(月) 23時45分12秒

ふきさん、tecoさん、みなさん、こんばんは。
黄さんのコレクション展示室に入ってすぐ目に付いたのが、GM製のV8エンジンで排気量が8200ccのオ―バイです。まるで化け物で圧倒されます。どのような人が乗るのかな?ブル−のガソリンタンク、太いタイヤ、仕様をみて想像がつかない。説明仕様を説明してくれました。
502 AT2スピ−ドスペシャル水冷4サイクル。
V型8気筒OHV8200ccタイヤ前輪130/70-18 後輪300/35R-18黄さんの英語仕様の説明、燃費は約3K/R
500馬力 重量600kg 現在は8200CCは無く6200になっているそうです。価格54000$〜60000$
各車ステ−ジがあり本格的ショ−ル−ム
その横に幻の名車と云われ日本では力道山が愛用したと伝えられている「インディアン」があります。
このインディアンはほとんどのバイクが後輪を駆動するのにたいして、革ベルトを用いていた時代にインデアンの第1号車はチェ−ンを使用していた。
1920年代を通して排気量750ccと1,000ccのSVエンジンを搭載しハーレーダビッドソンよりも高級路線であり高性能・高品質の代名詞となった。と説明がありました。日本でも警視庁がバイクによる交通違反の取り締まりを1918年にスタートさせた際に採用され白バイでなく赤バイと云う名称で親しまれたが、
1959年に倒産した。日本にも数台しか存在しないと云う。
しかしここ台湾にも存在しているから、黄さんのコレクション恐るべきです。

次がライダ−憧れのBMWです。OHV水平対向2気筒、745cc BMW R75、水平対向2気筒エンジン(ボクサーエンジン)といえば、BMWのバイクの代名詞です。特徴はシャフトドライブ!もう一台がBMW S1000R涎が出そうです。戦時中、部隊同士の移動連絡に側車(サイドカ−)が使用されドイツ軍の映像を見れば独特の形状をしたへルメットをかぶる兵士が見受けられる。BMWのエンジンは戦場に適したからです。

欧州車が続きます。自分にはクラッチを握る時重すぎて操作するのに苦労をした経験があります。
トライアンフ ロケットV(TRIUMPH TRIUMPH ROCKET III 車高が高すぎて足が地面に届きません。また仕様が水冷DOHC並列3気筒 排気量ト2294 ccで日本人には向かないようですから台数も少なく
排気量が2294ccではスピ−ドが出すぎレ−スには適しています。
イタリアンバイク ドゥカティモンスター1200はエンジンに特徴があり、Lツインエンジン”と呼ばれるV型2気筒エンジンが特徴カムチェーン駆動の新エンジンは最近の車種1200が展示してありました。

次のアマゾネスはドイツのフォルクスワーゲン社の
1600ccエンジンを積んだモンスターバイクです。
ガソリンを使用しなくてもモロコシからの油を使用して動くと書いてあります。魅力は感じません。
次は日本が誇る車種が並んでいますが、今夜はここで留め置きます。





陸王

No.4046 投稿者:ふき  投稿日:2018年04月30日(月) 22時31分26秒

葛さん、こんばんは。
私はバイクのことは全然わかりませんが、マニアの方のすごいコレクションのようですね。
興味ある方もいらっしゃることと思いますので、続きをぜひともお願いします。

最強のコレクタ−

No.4045 投稿者:葛(新平市)  投稿日:2018年04月30日(月) 09時08分49秒

ふきさん、tecoさん、たんげさん、早安
今日と明日は休みです。昨日文化路で凄いものを見ました。現在日本には唯一1台しか存在していないと云われているオートバイ陸王「RX型750」が目の前にあるでないですか!何故台湾にあるのか不思議な感じです。運搬車両から下ろされているところを偶然見ました。陸王という名前だけはふきさんやtecoさんも聞いた事があると思います。陸王はハ−レ−ダビットソンを基本にして、日本で制作した当時の大型バイクです。自分はハ−レ−FLH1200を所有していた事がありますので、バイクの事には興味があり夢中になった事があります。
現場の方にしつこいくらい、いろいろお聞きしました。陸王に関することの蘊蓄を並べ迷惑も顧みず能書きを並べて話をしました。興奮しているので言葉が止まりません。陸王RQハンドシフト陸王VFD1200(1950年)と陸王RQ750(1953年)陸王RQ750(1957年)陸王VLE1200(1959年)と主に1959年に生産終了まで存在した事を矢継ぎ早に話しました。あなたは随分詳しいようだが、日本人ですか?と聞かれました。写真を写そうとしたところ制止されました。

そしてどこかに電話をかけていましたが、オ−ナ−から家に来ないかと突然云われました。急な出来事に躊躇していると、家は新店との事でコレクションを拝見できる事になりました。願ったり叶ったり二つ返事で図々しく自宅に伺うことに決まりました。

しかし写真撮影は控えてほしいと云われました。案内して下さる方もオ−ナ−も年間4〜5回ほど来日されるとの事ですが、貿易商が職業で日本語が流暢で自分より綺麗な日本語です。到着して見たとき、コレクションル−ムではなくすごく広い展示場のように感じます。唖然としているとオ−ナ−は黄さんと云う方で挨拶され戸惑うばかりです。
ここは余り人には公開したくないので約束のように写真撮影だけは厳守してほしいと云われました。

ここにある収集した物は約50年かかったそうです。バイクの価格は総額6億〜8億以上費やしたと云い建物も含めば10億ほどになるそうです。
あくまでも趣味の域を超えないように心がけているので公開はするつもりはないそうです。ただため息が出るだけです。
オ−トバイの車種は欧州と日本が中心で、アメリカはただ大型と云うだけで性能は日本、欧州とは比べ物にならないようです。まだほんの一部書いただけで長文になってしまったので、2〜3回に分けて投稿させて下さい。


、 

今日も行楽日和でした

No.4044 投稿者:ふき  投稿日:2018年04月29日(日) 20時20分05秒

葛さん、tecoさん、みなさん、こんにちは。
士林夜市は二回行きました。一回目は運悪く大雨になってしまい、ほとんど何も見ずに帰りましたので、行かなかったのと同じです。その後、二回目に行ったときは、ゆっくり歩いて楽しみましたが、その夜も途中から小雨になり、あわてて駆け込んだのが「士林市場」です。もちろん新しい施設です。昔のことはわかりませんが、あの中の店々は昔は外にあったんでしょうね。

北投も天母もまだ行ったことはありませんが、どんなところか訪れたいと思っています。tecoさんは天母に7年間マンションを所有されていて、その後処分されたんですね。7年間で2倍とはすごいです。タイミングが良かったのでしょうか。さすがはtecoさんです。

『太陽の子』(太陽的孩子)の映画はやはり台湾に行かないと、見られないようです。ツタヤにはありませんでした。核の最終廃棄場の問題は日本においても、まだ解決できていません。おそらくこの問題は国民党の時代にさかのぼるんでしょうけど、民進党の蔡英文も苦労されていますね。

ギタリストの蘇孟風とオカリナ奏者の張晏誠は葛さんの紹介で初めて知りました。tecoさんも蘇孟風のDVDをお持ちとは、台湾ではかなり有名なギタリストなんですね。ギターは「小さなオーケストラ」と言われ、ソロ演奏もいいですが、「アランフェス協奏曲」のように、オーケストラをバックにしても威力を発揮します。ギターは弾く人により、可能性はいくらでも大きくなります。

tecoさんがドゥタールは「インドのシタールが遊牧民用に進化したように見受けられる」と仰っているのは納得です。イランやインドのような定住民族では、重くてしっかりした楽器でも大丈夫で、弦も金属弦が多用されます。しかし、中央アジアの遊牧民の場合は移動に備え、軽くて小さな楽器が好まれます。弦も彼らが調達しやすい羊の腸から作ったガット弦を使っていましたが、現代ではナイロン弦に置き換わりつつあります。

東南旅行社はいろいろなツアーを企画していました。私も最初は西も東もわからないので、東南旅行社のツアーをいろいろ使いました。「花蓮タロコ大理石峡谷ツアー」、「小人國・慈湖と石門ダムツアー」、「基隆港・北海岸天然公園観光」。「淡水観光ツアー」等々ですが、みんな日帰りツアーでした。
tecoさんがお使いになった「歌の故郷巡りツアー」は豪華版ですね。黄西田といえば、往年の大物歌手ですが、当時はまだ駆け出しだったのでしょうか。彼はトークも上手で、楽しかったことでしょう。もう一人のその王さんという女性歌手も一応調べてみましたが、結局わかりませんでした。またの機会にと、心に留め置きます。






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