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オッサンと聞こえたのはオクサンのことだった

No.3695 投稿者:梧棲  Mail  投稿日:2017年04月26日(水) 13時49分47秒

 ふきさん、皆さん 今日は。

 小林旭の『自動車ショー歌』の台湾語版を黄西田が『愛某不驚艱苦』という題名で歌っていますが、これまで私は一番だけ聴いただけで最後まで聴いていませんでした。
1カ月ほど前に全部を聴いてみると二番に「昨晩夢中夢一夢 夢著老板査某子・・・老板講要嫁給我做握送」という歌詞がありました。この「握送」の発音は「オッサン」と私には聞こえました。多分[ok-sang]と発音しているのでしょうが[k]の音がほとんど聞こえません。
文章の意味は「親方の娘の夢を見た 親方は私に娘を嫁がせ妻にさせたがっている」ということのようですから「握送」は「オクサン:奥さん」に当たるようです。
このCDを贈ってくれた元レコード会社の役員をしていた友人に手紙で確認したらやはり「握送=太太」だと回答してくれました。台湾人には「オクサン」という発音は少し難しく「オッ(ク)サン」になってしまうようです。

 私は毎年4月の第4週の金土日に福岡に帰省しています。今年も4月21日〜23日に福岡に行ってきました。
6年ほど前まではビジネスホテルに泊まる外国人はほとんどいませんでしたが、年々増えてきて今回は朝食の食堂では4割くらいが外国人で中国語、韓国語、東南アジアの言葉が食堂では聞こえていました。
韓国人4人と私一人でエレベータに乗った時は私は隅っこに追いやられ、まるで外国にいるようだと感じました。
外国人観光客の増加に福岡のホテルの収容力が追いつかず以前は1カ月前で予約がとれていましたが、今回は45日前でも私には便利な立地の定宿が2連泊できず、少し不便な別のホテルがやっととれました。

 台中清水出身の姉妹が福岡で勤務しているので毎回土曜日の夜に会って食事の後カラオケに行くことにしています。
日本のカラオケは台湾のカラオケに比べると台湾語・北京語の歌が少ないですが、今回入ったビッグエコーというカラオケには少ないながらも私が台湾のカラオケでいつも歌っている『命運青紅燈』、『難忘的愛人』、『路燈了解我心意』、『酒醉的探戈』、『花心』、『意難忘』があって満足できました。
若者達は老歌はあまり知りませんが『舞女』、『愛情的騙子我問イ尓』、『酒醉的探戈』は両親がよく歌っていたので憶えたそうで一緒に歌うことができました。

アスワンはアツイわんです

No.3694 投稿者:ふき  投稿日:2017年04月22日(土) 21時32分11秒

tecoさん、葛さん、みなさん、こんにちは。
カラオケとなると、みなさん好きですから、話もすぐ盛り上がりますね。実は私は自分でいうのも何ですが、まさに「下手の横好き」です。本人が気持ちよく歌っているのはいいとして、まわりの方が忍耐と我慢でぐっと堪えているのではないと少し心配です(笑)。
tecoさんがおっしゃるように台湾でオフ会が開催できたら、最高ですね。私は6月ころに帰国しますので、ぜひその頃にまたみなさんと集まって、歌いたいです。よろしくお願いします。

ところで道教寺院には仏教と同様に、信仰の対象が偶像化されて置かれています。ほとんど昔の英雄や偉人が「神様に昇格」しているものと思われますが、これはやはり仏教やヒンズー教の影響でしょうか。
日本の神社は偶像崇拝をせず、せいぜい鏡などを置いて、神格化していますが、このあたりの違いが興味深いです。八百万(やおよろず)の神が自然と人間のすべてを表しているとすれば、特定の神だけを信仰する宗教とはまさに宇宙観が根本的に違います。難しい話になり、すみません。私の中学時代の愛読書は「古事記」でした(笑)。

こんにちは

No.3693 投稿者:teco  投稿日:2017年04月21日(金) 10時48分59秒

葛さん、ふきさん、みなさん、こんにちは。

葛さんお久しぶりです。カラオケクラブですか。いいですねえ。
私も台湾に行くと必ずと言っていいほどカラオケには行ってますが、
ふきさんみたいにあっちこっちを開拓することは少なく、何軒かの行きつけの店ばかりです。
ここにいないから言うわけではありませんが、ふきさんもカラオケは上手でたいていの曲は歌えます。
A Bengさんもここしばらくご無沙汰していますが、いろいろ台湾事情に精通されていて歌も上手な方です。
私も含め皆さん仕事を抱えているのでオフ会を開くこともなかなか難しい状況ですが、ふきさんが帰国されたら開催したいなと思っております。
それと、私たちの念願なんですが、台湾でオフ会を開催したいと思っております。
朝鮮半島情勢が緊迫していますが、韓国の友人によると役人たちが税金の横領をしたりして大勢つかまっているようです。
世も末と言う言葉がありますが、韓国では末世感にさいなまれている人がけっこういるんじゃないかと思います。

私は道教の思想が好きで、若いころに数年間ですが道士としての修行をしたことがあります。
先賢の教えを学び自然に調和した生き方を心がけることにより五福を得るという、古今に通じたすぐれた思想だと思っております。
こうした宗教文化が正しく伝承されているのは台湾だけで、大陸ではかなりゆがんだ形でしか残っておりません。
台湾人の主催する道士科儀研究小組というグループは現代道教のありようとか道士としての心づもりなどを研究しみんなでディスカッションしています。
私も末席に加わって話を聞いていますがけっこうためになることが多いです。
来月もまた台湾に行きます。お目にかかれる機会があったらお茶でも飲みたいです。
ではでは。

カラオケ俱楽部

No.3692 投稿者:ふき  投稿日:2017年04月18日(火) 04時39分22秒

葛さん、tecoさん、みなさん、こんばんは。
葛さんがカラオケ俱楽部に入会しているということは、かなりカラオケにも熱が入っているとみました。ほんとに歌を歌うと、日頃のストレスが発散されて、「開心」ですね。
さて、いま私はエジプトに滞在して、「命の洗濯」をしているところです。人々は親切で、気さくで、まじめな感じがします。物価も安く、治安さえよければ、いうことなしの「天国」なのですが、先日もキリスト教会を狙ったテロがあり、残念です。ちなみに今いるカイロの町はそんな感じはしません。ご安心ください。
それよりも北朝鮮に対するアメリカの先制攻撃がもしかしたら、あるのではないかとの噂もありますが、どうなんでしょうか。そちらも少し心配ですね。
台湾も日本と同様にテレビで歌謡曲番組が減ってきたなという感じがしますが、まだ日本よりは多い気がします。台湾にいたほうが歌番組は余計楽しめますね。また、お仕事の「息抜き」もかねて、これからもぜひ当掲示板に時々お寄りください(笑)。

お久しぶりです。

No.3691 投稿者:葛(新平市)  投稿日:2017年04月16日(日) 23時10分19秒


ふきさん、tecoさん、皆さん、ご無沙汰しています。こちらへ来てから掲示板を見る時間もなく、どっぷり台湾生活に馴染んでいます。
カラオケ俱楽部にも入会させて頂き楽しんでいます。日本の商社のお客様も多く日本演歌を歌う機会も多いですね。ふきさんは現在ロ−マに滞在中との
事治安には充分お気を付け下さい。
tecoさんは相変わらずアジアを飛び歩いているご様子皆さん国際人ですね。
台湾へ来て感じた事は、中国離れは香港だけの現象ではなく台湾でもまた、若い世代を中心に「台湾は台湾、中国は中国」と、中国と自分たちを切り離して考える人が増えています。トランプ大統領の発言も無視しています。先日江淑娜さんに久しぶりに会いました。お姉さんの話題には触れずに台湾の現状の歌謡曲の話をしました。日本の歌謡曲を歌えない歌手はTV出演が少ないと云います。
しかし台湾の歌謡界も日本と同様に衰退しつつあると感じていると云います。これからも余り掲示板へは顔を出せないと思いますが、仲間の片隅で良いので宜しくお付き合い下さい。ふきさんお気をつけて旅を続けて下さい。一路平安!




ローマに着きました

No.3690 投稿者:ふき  投稿日:2017年04月10日(月) 07時38分21秒

tecoさん、みなさん、こんばんは。
こちらは「こんばんは」ですが、日本では「おはようございます」になりますね。時差の関係で、そのあたりがちょっとあやしくなります(笑)。ただ、こちらに来てみたら、そんなに寒くもなく、日本と変わりません。ただ、エジプト行きの飛行機をすでに予約済みなので、予定通り、明日アテネ経由でカイロに向かいます。
tecoさんも7月にはトルコ〜エジプト方面に来られるんですね。シリアやイラクは別ですが、ほかの周辺国はそんなに治安が悪いわけではないと思いますが、さらに気を付けるに越したことはありません。また何か気の利いた情報でも仕入れられたら、お伝えすることにします。
それでは、そろそろ寝ることにします。おやすみなさい。

旅のご無事をお祈りします

No.3689 投稿者:teco  投稿日:2017年04月09日(日) 12時07分54秒

ふきさん、みなさん、おはようございます。

北京で時間調整ですか。長時間の待ち合わせは疲れますよね。
私も7月にはトルコ〜エジプト方面に出かける予定です。私は仕事の打ち合わせ(Redox電池設置場所現地視察など)なので長期間ではありませんが、
情勢不安地域には違いありませんので同行する会社の技術者たちは不安を隠せない様子です。
ふきさんも危険な地域にいくわけではないでしょうが、体調をこわさぬよう、楽しいご旅行を。
旅のご無事をお祈りしています。

聖天宮

No.3688 投稿者:ふき  投稿日:2017年04月09日(日) 01時01分36秒

tecoさん、みなさん、こんばんは。
「晴天宮」でも全然違和感はありませんね(笑)。

さて、今日というか昨日、日本を出ました。
安い飛行機を探していたら、中国国際航空がありましたので、今回はこれでヨーロッパに行きます。ただ、北京での乗り継ぎが20時間以上(ほとんど一日)もあるので、今晩は北京で一泊です。心配した大気汚染もそんなにありません。土日だからでしょうか。明日はいよいよローマです。ただ、この時期のイタリアはまだ寒いと思われるので、そのまま暖かいエジプトに向かいます。その後、中東の周辺国を回ろうと思っていたのですが、一昨日にはシリアに対する巡行ミサイル攻撃などもあり、多少びびっています。様子を見ながら、やばそうな時は、東欧などをまったりと旅するのもいいかなと思っています。いずれにしても最後はイタリアを周遊します。

坂戸町の道教寺院

No.3687 投稿者:teco  投稿日:2017年04月08日(土) 12時29分34秒

ふきさん、みなさん、こんにちは。

坂戸町の道教寺院の名称に誤字がありましたので訂正します。
正しくは「聖天宮」です。

道教

No.3686 投稿者:ふき  投稿日:2017年04月05日(水) 23時15分40秒

tecoさん、みなさん、こんばんは。
なるほど道教が現世利益を求める宗教といわれると、なんとなく理解できます。また発祥の地の中国には心身を鍛錬する武當派道教のようなものもあったんですね。日本に仏教が伝わった時代の道教は厳しすぎて、日本人には受け入れ難かったようです。来世利益を求める仏教にもやはり厳しいものがありますが、こちらは基本的に精神修養が中心なので、日本では広く普及したようです。
ただ台湾に行くと、○○寺より○○宮が断然多く、道教が一番生活に根付いている感があります。台湾に移住が始まったのは13世紀以降のようですが、このころの福建省の道教信仰はソフトなイメージです。道教といっても、様々な広がりがあるようで、中国大陸の広さが実感されます。
また中国の仏教には有名な少林寺の拳法のように、精神的な修行と武術の鍛錬を同時にやっているところもあります。戦乱の中で宗教も鍛えられて行ったということでしょうか。日本でも戦国時代には、寺の僧が自衛のために、自ら僧兵となり武器を手に戦いました。今では考えられません。時代により宗教もさまざまで、なかなか経典を読んでいるだけでは、理想の実現にならないようです。
機会を見て、埼玉県坂戸町の晴天宮もぜひ訪れてみたいです。

こんにちは

No.3685 投稿者:teco  投稿日:2017年04月04日(火) 11時50分00秒

ふきさん、みなさん、こんにちは。

台湾で買った電球が今朝届きました。
最近のEMSは早いですねえ。
さっそく無作為に抜き取り検査してみましたら、100個中不良品はゼロ。全部規格内に入っていました。
ふきさんのおっしゃるようにバッタものなんでしょうが、今回はお買い得でした(^^♪

道教が普及しなかった理由はだいたいわかります。
南無阿弥陀仏で代表される仏教は来世利益を求める思想のように思えますが、道教は現世利益を求める思想のように思えます。
特に武當派道教は心身を鍛錬し自然(陰陽)に調和した生き方を求められますので普及しにくいのだろうと思いますね。
日本では埼玉県の坂戸町に晴天宮という道教寺院があります。
道教寺院は横浜にもありますが、晴天宮は台湾から大工さんを招き、台湾の材木を使って建てたこだわり系の寺院です。
常駐する道士はいませんがボランティアの解説者がおり、道教の歴史や教義などを話してくれ、院内を案内してくれます。
施設維持のため入館料を取られますがなかなか立派な寺院です。
東武東上線の坂戸町駅から車で10分くらいですのでお時間があるときにでも散策されてはいかがでしょうか。

神野美伽も台湾公演!

No.3684 投稿者:ふき  投稿日:2017年04月03日(月) 00時14分07秒

tecoさん、梧棲さん、こんばんは。

>tecoさん
例の品物とは「小型電球」のことでしたか。たしかに最近は LED電球が多くなりましたね。まだほんの少し LED電球のほうが高めですが、従来型の電球より20倍も保ちがいいので、これから需要はますます伸びて行くと思われます。ただ従来型の電球には「暖かい」という副次的な要素があるので、それに慣れ親しんだ人には、捨てがたい魅力があると思います。
ところで台湾の激安値の理由は、やはり輸入業者からの「処分品」と見ていいでしょう。話が変わりますが、日本ではCDや書籍などは中間業者が販売店に商品を置いてもらう「委託販売」が普通です。売れなかった商品は中間業者に戻せるので、店のリスクがなく、価格は安定します。ところが台湾ではすべて店の買い取りなので、売れ残ったら大変。商品は最終的に何が何でも売らなければならず、結局たたき売りになります。台湾の小売業界は厳しいですね。
さて、道教寺院の話が出たので、ついでですが、なぜ道教はあまり日本では普及しなかったのでしょうか。古来より仏教がこれだけ発展した事実があるのに、不思議ですね。

>梧棲さん
神野美伽は51歳。演歌歌手としてはまだ若い(?)。森進一と五木ひろしが69歳、青江三奈はもう75歳になりました。歌手とお客さんの年齢差を10歳前後と考えると、森進一と五木ひろしのコンサートを見に来てくれそうな台湾の客層の中心は60歳前後ということでしょうか。高いチケット代も払えるのでしょう。それとこの世代は日本演歌に親しんだ世代ともいえます。カバー曲もたくさん作られましたので、歌詞は違っても、メロディーを聞くと、懐かしさがよみがえって来ます。
戒厳令解除後は、だんだん日本の歌謡曲ではなく、台湾現地産の歌謡曲が増えて行きます。それに伴ない日本の歌手の知名度が相対的に低くなって行きますので、神野美伽の公演料金が比較的安くなるというのも仕方ないのでしょう。本当はもっと若い水森かおり(43歳)あたりに頑張ってもらいたいものです。日本のご当地ソングもそろそろネタ切れになりそうなので、台湾に進出して「花蓮○○」、「北投○○」などの現地ソングで勝負したら、案外売れるかも知れませんが、すべて私の勝手な願望です(笑)。

神野美伽も台湾公演していた

No.3683 投稿者:梧棲  Mail  投稿日:2017年04月02日(日) 11時34分16秒

ふきさん、皆さん こんにちは。
 台中の70歳台の友人夫妻から手紙が来て、五木ひろしの台北公演は楽しかったと書いていました。但し料金は結構高かったとも書いています。
そしてYahoo台湾ニュースには載っていませんでしたが3月には神野美伽の公演もあって、これも夫婦で見てきたそうです。こちらは彼等にはほどよい料金だったそうです。

 台中に住む彼等は桃園空港へは高鐵桃園駅経由で行くので普段は台北駅から捷運機場線に乗ることはありませんが、台北に行った序に話題の捷運機場線の台北駅を見に行ったそうです。
捷運機場線の台北駅が台鐵台北駅から離れていることを知らずに台鐵台北駅に行ったので地下街をかなり歩いてやっと着いたと書いていました。

 台中の61歳の女性は森進一や青江三奈のハスキーボイスの歌い方が好きなので、私が5月の森進一公演を見に行くのか訊いたら、彼女にとっては料金が高いので行けないそうです。

道教寺院の定礎

No.3682 投稿者:teco  投稿日:2017年04月01日(土) 10時43分04秒

ふきさん、みなさん、おはようございます。

29日夜台湾から帰国しました。

先日の投稿に書いた「電子部品」は超小型の航空計器用電球です。
低消費電力で高性能のLEDが大量生産されるようなり小型電球の需要は極端に落ち込み、生産している会社も減って価格がどんどん高くなってきました。
3年程前には1個50円くらいだったものが今では80円を超え、高性能の超小型電球に至っては1個500円ちかくします。
アマゾンなどで中国製の安い製品も売られてはいますが、信頼性がなくとても使うわけにはいきません。
今回購入したものは有名メーカーの製品で製造番号から察するに昨年の秋口に生産されたもののようでした。
仕切入りのはいった箱に整然と詰められ、私が定期的に購入しているものとまったく同じ品番で保証書もついています。
帰国して友人に話したところ、輸入した業者がパンクしたかしてジャンク扱いで店に売ったのではないか?ということでした。
いずれにしても継続的に購入できるものではなさそうですが、えらいお買い得でした♪

武當派道教の道士をしている友人が台南に洞院を建立するというのでお祝いに行ってきました。
私はことさら信心深いわけではありませんが若いころから寺社めぐりが好きで、世界中のどこに行ってもその地域で尊崇されている寺院にはかならず参拝してきます。
この地に足を踏み入れたご挨拶と旅の無事を祈る程度のことですが、心が晴れてすがすがしい気分になれます。
道教寺院には何度もお参りしていますが建立の定礎式に参加するのははじめです。
中国福建省の武夷山で採掘された大きな花崗岩を依り代に見立てて祭壇を築き、五穀、魚、鳥獣を供えて香華を飾ります。
正範士の資格を持つ道士が祭壇に臨み呪文を唱えながら北斗を踏み、続いてしきたりに従って列席者が左回りに拝礼を重ねます。
道士が交代しながら朝から晩まで夜中も休みなく三日間拝礼が続けられ、私も三日間参列しました。
天と地の陰陽の気脈が通じるまで通常は七日間くらいかかるのだそうですが、この地は霊力の高いところなので三日間で疎通したそうです。
儀式に参列した人はおよそ200人ほどでしたが日本人は私一人、武當派道士の正装で参列しました。
高雄新報の記者にインタビューされ「道士ですか?」と訊かれたのでそうですと答えました(笑)
道教寺院の建立は近ごろめっきり少なくなり、しかもこちらは昔ながらのしきたりに則って祭式されると聞いたので取材に来ましたと言ってました。
台湾との付き合いも40年ちかくなりますが、今回初めて珍しい式典に参列できて面白かったです。

価格は破格?

No.3681 投稿者:ふき  投稿日:2017年03月29日(水) 00時25分00秒

tecoさん、こんばんは。
日本製は高級品の代名詞ですが、やはり各国の物価レベルを考慮して、多少の値引きをするということでしょうか。もっとも「半額以下」というのであれば、多少の値引きどころの話ではありません。また為替の差益、差損のレベルも越えています。
とにかく「型落ち」や「曰く付き」ならいざ知らず、完全な「新品」をわざわざ外国に持って行って、たたき売りする理由もわかりません。
実に不思議ですね。

無題

No.3680 投稿者:teco  投稿日:2017年03月28日(火) 18時20分37秒

ふきさん、みなさんこんにちは。

つい3時間ほど前の話ですが、台湾人の知り合いから、日本製の電子部品を台湾では半分以下の値段で買えると聞いたので販売している店を教えてもらい行ってみました。
まちがいなく日本製の新品でメーカーの直販サイトでは1個480円で売られている品です。
それがこちらではメーカーの保証付きで180円で売っているんです。
しょっちゅう使用する部品なので1,000個買ったらいくらにしてくれるか尋ねたところ、
140,000円(1個140円)でどうだ?と言います。
というわけで購入し、いましがたEMSで日本に送ったところです。

どうしてこういう風になるんでしょうかねえ。逆輸入したほうがずっと安いんですからねえ。。


野球交流

No.3679 投稿者:ふき  投稿日:2017年03月27日(月) 23時56分22秒

梧棲さん、こんばんは。
私は、あまり本を読まず、ドラマや映画もほとんど見ないという、どうしようもない人間ですが、映画『KANO』はドキュメントフィルムのようなので、そのうち必ず見てみたいと思っています。
それにしても映画『KANO』をきっかけに始まった日台の戦前の学校の後身同士の交流には胸が熱くなります。中京大と嘉義大の親善試合のことですが、このような交流がいつまでも続くことを願います。映画『多桑』も台湾人の心の中にある日本というものをよく表現していました。洪一峰一家の生涯を描いた『阿爸Abba』もおそらくDVDが出ていると思いますので、台湾に行った際は探してみることにします。
ライオンズの選手の「今久留主:いまくるす」という苗字はなんとなく原住民的な名前ですね。

嘉義農林

No.3678 投稿者:梧棲  Mail  投稿日:2017年03月26日(日) 12時09分48秒

 ふきさん、皆さん こんにちは。

 現在春の選抜高校野球が甲子園で開催されていますね。
私は高校野球や高校駅伝では郷土意識が出て、生れてから23歳まで暮らした福岡県と就職してから現在まで暮らしている神奈川県の高校を応援してしまいます。

今年の2月と3月に2015年に台湾で大ヒットした映画『KANO』に影響されたのか日本の大学野球チームが台湾の嘉義大学や他の大学の野球チームと交流し始めたニュースを読みました。
映画『KANO』は現在の夏の高校野球甲子園大会の前身である昭和6年(1931年)の夏の全国中等学校野球甲子園大会で台湾の嘉義農林中学が決勝まで勝ち進み、中京商業に敗れて準優勝した時の物語です。
嘉義農林を略して嘉農(KANO)と呼ばれていたので映画の題名も『KANO』となっています。

【Yahoo台湾ニュース】
『「KANO」の光景再現 中京大と嘉義大、再び親善試合』  2017.02.21(嘉義 中央社)
中京大(愛知県)は20日、嘉義大(嘉義市)と南部・嘉義で親善試合を行った。両大は台湾映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」をきっかけに、2015年12月に学術交流協定を締結。硬式野球部同士の交流を通じ、親善を深める。
中京大学附属中京高校は1931年、前身の中京商業学校時代に嘉義大の前身、嘉義農林学校の野球部と夏の甲子園で決勝を戦っていた。2015年に日本でも公開された「KANO」では当時の熱闘が描かれている。昨年8月には嘉義大硬式野球部が訪日し、両大の85年ぶりの対戦が実現していた。
嘉義大の邱義源学長は、同大野球部が昨年中京大と一戦を交えて以降、野球に取り組む日本側の真剣な姿勢に感化され、以前より積極的に練習に励むようになったエピソードを明かし、親善試合によって良い効果が生まれていることを述べた。
この日の試合は3−3の同点で迎えた九回裏、嘉義大が追加点を奪い、4−3で勝利した。
試合は21、23日にも行われる。   (黄国芳/編集:名切千絵)

『早大野球部、先輩の“KANO”エースと対面』    2017-03-03(嘉義 中央社)
台湾遠征中の早稲田大学野球部は3日、南部・嘉義市を訪問し、1931(昭和6)年夏の甲子園で嘉義農林学校(嘉農、現・嘉義大学)のエースとして活躍し、のちに早大に留学した呉明捷投手の彫像と記念撮影を行った。
“先輩”の投球フォームを再現した躍動感ある彫像を前に28人の部員からは感嘆の声が上がった。
同大野球部は台湾各地の4大学との対戦のために訪台。2日までに台南、高雄で2試合を終え、4日と5日にはそれぞれ台中と台北で試合を行う。
野球部一行はこの日、嘉義大学にも足を運び、嘉農を甲子園出場に導いた日本人監督、近藤兵太郎氏の銅像や甲子園準優勝記念碑などを見物した。   (江俊亮/編集:名切千絵)

私がプロ野球に関心を持つようになったのは1950年代で、やがて地元の「西鉄ライオンズ」が大下、中西、豊田などの強打者と稲尾、島原などの好投手の活躍で強くなって行く時代でした。
ライオンズの選手の中に「今久留主:いまくるす」という日本人としては珍しい苗字の捕手がおり、台湾の嘉義農林出身ということも知りました。
また当時の対戦チームの「大毎オリオンズ」には全盛期は過ぎていましたが呉昌征という選手がいて彼も嘉義農林出身の台湾人だということまでは知っていました。私は当時はそれ以上の関心は持ちませんでした。

 私が1987年から台湾に行くようになって数年後には日本語世代の台湾人と知り合うようになりました。
その中で野球に関心のある男性達は現在の夏の甲子園での全国高等学校野球大会の前身である、昭和6年の第17回全国中等学校野球大会で台湾の嘉義農林が準優勝した時の話を皆が誇らしげに語られるので私は久しぶりに嘉義農林という校名を意識するようになりました。
彼等の中には昭和6年当時はまだ幼児であったり、生れていなかった者もいるのに嘉義農林の活躍を誇らしく語っていました。
この時の物語が2015年に台湾で『KANO(副題:海の向こうの甲子園)』という題名で映画化され大ヒットしました。
台湾で制作した映画なのに全編ほぼ日本語のセリフで、日本語が分からない台湾人は中国語字幕で見なければならないというのに戦後最大のヒットとなり、今では嘉義にはこの時の投手が投球している像もあります。

 日本のプロ野球でも西武の郭泰源、中日の郭源治(原住民出身)が大活躍し、その後も絶えず台湾出身の選手がどこかの球団に在籍するようになりました。
彼等は皆外国人枠扱いでしたが、ホームラン王になったことがある陳大豊は日本の大学を卒業してから中日に入団したので日本人選手と同じ扱いで外国人枠から免除され、陽岱鋼(原住民出身)は日本の高校を卒業してから日本ハムに入団したので彼も外国人枠から免除され、FAで今年から巨人の選手になりました。
最初に名前を挙げた嘉義農林出身の呉昌征はこれら台湾出身の選手が日本のプロ野球に入る道を切り開いたパイオニアということになります。

 私が住んでいる人口1万7千人の田舎町の図書館に【高砂族に捧げる 鈴木明(中央公論社 昭和51年8月)】という本があるのを19年前に見つけました。
この本の第七章に昭和10年の21回甲子園大会の準決勝で嘉義農林が松山商業に敗れた時の話が詳しく書かれており、また台湾の友人達が最も誇らしく感じている、映画『KANO』になった昭和6年の17回大会決勝で中京商業に敗れて準優勝した時の話も書かれていることを知りました;

 昭和6年8月21日、第17回「夏の甲子園大会」で台湾代表「嘉義農林」が、決勝戦で「中京商業」に敗れたことをご記憶の方がいるだろうか。長い「甲子園」の歴史の中で、植民地のチームが決勝にまで進出した記録は、大正15年の大連商業を除いては、この時しかない。この時のナインの名前を、ここで記させて頂きたい。
7 平野
8 蘇
6 上松
1 呉
2 東
5 真山
3 小里
4 川原
9 福島
 一番平野は本名ポロ、三番上松は本名アジワツ、五番東は本名ラワイ、六番真山は本名マヤウ、すべてアミ族である。ここでいう「東」は僕が台北で出会った「東さん」とは別人である。
また、ここに投手で四番呉とあるのは、例の長嶋に東京六大学ホームラン記録を破られた「呉明捷」の方である。
日本の野球界は、「呉」という名前の二人の名選手を出している。一人は呉明捷、そして一人は呉昌征(呉波)である。共に嘉義農林の出身で、
呉明捷は昭和8年、早稲田大学に進み、宮武と並んで通算7本のホームランを打って、六大学野球のヒーローとなった。プロ野球がなかったこの時代に、彼の記録と人気がどのぐらいのものであったかは、いまのわれわれの感覚で説明することは困難だろう。彼の記録は、実にそれから20年後、昭和32年、長嶋の出現によって、やっと破られることになる。
 もう一人の「呉昌征」が、昭和10年8月20日の試合に嘉義農林チームで二番打者として登場する「俊足の呉」である。彼はそれから2年後の昭和12年、東京巨人軍に入団し、二度首位打者となった。
走れば必ずセーフであり、その上強肩、最高殊勲選手にも選ばれ、戦後(21年)は突如投手に転向して14勝6敗の成績を残し、ファンを唖然とさせた。プロ野球実働20年の記録は、現南海の野村が現れるまで、誰にも破られなかった。


そして、この本には西鉄の今久留主選手と大毎オリオンズの呉昌征選手は21回大会に出場していたことも書かれていました。
1976年(昭和51年)の出版ですから、この本は私が台湾に行き始める11年前から町の図書館にあり、私はこの本を出版から22年後に見つけたことになります。
本のタイトルにある通り原住民にスポットを当てて書かれた本です。

日本語世代の友人達(全て河洛人)にこの本の話をすると野球に関心のある方だけでなく、これまで野球の話をしなかった方も、嘉義農林の活躍は誇らしい語り草になっているようで、嘉義農林のことが書かれている章だけ送ってくれと言われるので私はこの章だけはデータファイル保存しています。
日本語世代の男性友人の多くが既に他界し、最近はこの話を印刷して送ることもなくなりました。

 日本語世代の男性には戦後も夏の甲子園の全国高校野球を楽しみに見ている方が結構いました。
後に読売巨人軍、NYヤンキースで活躍した、あの松井秀喜選手が夏の甲子園大会で5連続敬遠されたことに対して日語世代の友人達は口々に「今の日本人には大和魂はないのか?!日本教育を受けた我々には勝つために5連続敬遠するという“大和魂”のない戦い方を選択したことが理解できない」と私に不満を語っていたことを思い出します。

 台湾の新聞には日本のプロ野球の試合結果も載っています。日本ハムは「日本火腿」、ソフトバンクは「軟体銀行」と表記されています。
私の定宿のホテルには日本の新聞は1日遅れしかないので、前夜にNHKのスポーツニュースを見られなかった時は台湾の新聞で日本のプロ野球の結果を見ることにしています。


洪一峰のヒストリア

No.3677 投稿者:ふき  投稿日:2017年03月26日(日) 00時54分17秒

梧棲さん、こんばんは。
さっそくご確認いただき、ありがとうございます。
芸人である洪一峰でさえ、訪日にはいろいろ苦労されています。ましてや家庭を守る妻の場合は、たとえ当時日本に住んでいたとしても、出産だけは故郷台湾に帰ってしたいと思うのが人情なので、やはり洪榮宏の日本出生には違和感があります。

さて、洪一峰一家のヒストリアともいうべき映画が2011年に作られていました。上映はその年の10月のようで、監督は洪一峰の三男洪榮良です。映画は見ていないので、何とも言えませんが、詳細な解説がネットにあります。
洪榮宏のお母さんである羅玉に関しても説明があり、当時36歳の洪一峰と実家のある屏東で出会ったこと。一年後に結婚し、洪一峰の音楽教室のある台南で暮らしたことなど。さらに一年後に洪榮宏が生まれたことなどが記されていますが、肝心の出生地は書かれていません。しかし台湾の常識からすれば、やはり回娘家の屏東と考えるのが妥当ではないかと私は思います。
羅玉は洪榮宏の次に娘の洪鶯娥、次男洪敬堯(後に編曲家)、三男洪榮良(後に番組プロデューサー)の三男一女を得て、円満な家庭を築くはずでした。しかし洪一峰に歌を習いに来ていた17歳の少女愛玲(後の妻)がこの一家の運命を大きく変えました。なんと洪一峰が日本で部屋を借り、愛玲と暮らしているという情報が羅玉に届いたのは、その7年後のことです。
このころ洪榮宏も日本に留学中でしたが、羅玉は幼い子らを連れて彼女の母親の実家の苗栗に出てしまいました。洪榮宏も留学を切り上げ、急きょ母の許へ帰りました。その後、羅玉は洪一峰と離婚しています。洪榮宏は12歳くらいでしたが、レストランで歌って、日銭を稼いだり、その後レコードを出したりして、家計を助けたということです。

それから30年以上が過ぎ、愛憎も風化したのでしょうか。羅玉は洪一峰と3番目の妻愛玲からの謝罪を受け入れ、和解が成立したということです。洪一峰が亡くなる1年前のことでした。よかったですね。

参考サイト↓
《阿爸Abba》百萬個掌聲 千萬的感動(16)
http://abbamovie.blogspot.jp/2012/07/blog-post_4882.html#!/2012/07/blog-post_4882.html

洪榮宏の出生地

No.3676 投稿者:梧棲  Mail  投稿日:2017年03月25日(土) 16時59分06秒

ふきさん、
 洪榮宏の出生地は洪一峰さんがテレビで直接語ったのではありません。
洪榮宏を紹介している歌詞検索サイトに載っていたのと台湾の友人達から聞いた話です。






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